聖徳太子御侍女三尼公御廟所西方院は、常行念仏最古の道場でお念仏の根源の地であります。
即ち、推古天皇の30年(西暦622年)に聖徳太子御薨去のあと、
月益(蘇我馬子の娘)・日益(小野妹子の娘)・玉照(物部守屋の娘)三姫は剃髪され、
その名も善信・禅蔵・恵善と称されて、太子御廟の前に一宇を建立して、
太子の御遺髪を納め、太子御作の阿弥陀如来尊像を安置して、ひたすら弥陀の西方浄土を
欣求されたとつたえられております。
その御遺徳をしのび、ご縁を結ぶためにお念仏の同行は、宗派を問わず各地から、
お遺髪(毛骨)やお遺骨を当山の納骨堂に納められ、また追善供養として
永代祠堂を納められ、お位牌をおまつりして春秋のお彼岸、太子お会式、お盆、
ご命日に参詣されます。
なお、当山では納骨・永代祠堂(永代供養)の各霊位の日牌・月牌を、
朝夕の勤行において御回向致しております。
お納骨、永代祠堂(永代供養)、ご回向の法要についての詳細は当山寺務所にお問い合わせ下さい。